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 MAR22-③ 長い夜

しきゅうけいがん。子宮頸癌子宮頸がん

癌って漢字キライ
気持ちわる~。がん細胞の増殖を思い出させるような嫌な字面してる。


それがお腹のなかにいるって?いつから?なんで?
しかも子宮を奪おうとしている

子供が産めないって何?ママになれないって何?どーゆーこと?
このままだと死んでしまうの?ワタシが?何で?







実家に電話するまでに時間が掛かった。信じられないことで頭がグルグルだ。明日まで延ばすことは出来ないだろうか?でも遅かれ早ければれる事だ。なんせ手術予定日(断固として認めないけど)が迫っている。



優しい声で電話に出た母に「仕事で帰ったのに邪魔して悪いんだけど……」
言葉に詰まる。でも沈黙すると嗚咽になりそうだ。

ええい、言ってしまえ。

「検査結果もう出ちゃった。ハッキリ言うよ、悪性だって。がんだってさ。ママ~ワタシ、子宮取るなんて絶対イヤだよ…」



大泣きしてしまった。デイルームに居たおばさんは知らない振りをしてくれている。



「手術で治るんだったら頑張ろう。手術しよう。プアがいなくなったら元も子もないんだから。」母の第一声は気丈だった。


「でも子供が持てない位だったら今後の人生何の為?なんとしてでも子宮は残したいの。分かって欲しい。」


「子供は諦めて。がんを治していこうよ。」


「諦められない。でも、ママごめんなさい。孫を産めないかもしれない」今振り返ると強烈に痛烈な言葉だと思う。母にはキツかっただろう。


母も涙声になり直ぐに嗚咽になった。


「ごめんなさい。好きなことばかりさせてもらって、自由に生きさせてもらったのに、こんなことになって。ごめんなさい。罰があたったんだよ。罰ならワタシだけでいいのに、ママとパパにも辛い思いさせてしまう。」
ワタシはただ謝り続けた。


父とは喋れなかった。「仲間ん中で孫が居ないのは俺だけだぞ~仕事はそこそこに早く孫見せてくれよ」
会うたび言う父とはとてもではないけど直接話すことは出来なかった。



電話を切って、看護師さんにベットまで車椅子を押してもらった。可哀想、って顔してる。なーんだ、もう皆知ってるんだ。ヤな感じー!
「今晩眠れる?」とか聞いてくる。ほっといて!


たかお研修医までやってきて睡眠薬をだそうか、と言う。気を遣われてることに悲しくなって涙が出てしまった。気を遣いつつも手術するって返事を聞きだそうとする研修医にイライラした。

「ワタシ、何を言われても自分が納得できないと返事できません。」

「そうですね…」

「ココは(がん)専門病院ではないですよね、ワタシは専門家の話が聞きたいです。」
とっさにセカンドオピニオンのことを思いついた。ちょっと勇気がいるけど、たかお研修医に伝えてみた。


「分かりました。ナベ先生に伝えておきます。今晩は少しでも眠ってください。」



眠れるかっちゅーの!!!!


眠れない長い夜病気に対する知識の無さに、情報の取れなさに愕然としたいろんなことを出来るだけ沢山知りたいと思った。


で、悪いと思ったけど近くにペースメーカー埋めてる人はいなそうだと思って布団を被って携帯からネットにアクセスして「子宮がん」で検索。ノートPC持ってればなあ。。。なんで入院してんのよ!!!

資料は少ないけれどワタシの中にいる物の実態が少し分かってきた。
子宮を守る手段はかなり厳しそうだ。どうしよう……
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17:39 | がん告知~手術前日
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 MAR22-② 人生最悪の日

主治医のナベ先生自ら車椅子を押してくれてカンファレンスルームに行った。


「ええと、検査したばかりだけど急いだ方がいいと思うんでね、お母さんいらっしゃらないけどお話をします。」

「はあ。」



紙に子宮の図を書き始めるセンセ。

「単刀直入に言うとですね、子宮の入り口、子宮頸部というところに腫瘍がありました。来院したときは出血が多くてよく見えなかったのですよ。細胞を取って検査したところ…」



子宮の図に続いて細胞診のクラス分けについて書いている。

「プアさんはですね、ここのカルテにあるようにⅠ~Ⅴの5段階あるうちのの細胞なんですよ。」

「……」(コレハワルイユメ?)

「つまり98%の確率で悪性なんです。ほぼ間違いなくです。」






表情は無くなってしまったけど、まだ冷静に聞いていた。

「プアさんの年齢からいうとココのがんになる人は多いわけじゃない。珍しい方と言っていいです。MRの写真を見てください。ココです、子宮の下、こんなに大きいんです。子宮と同じくらいあります。」

「センセ、ワタシ子供を持たない人生って考えてないんです。」


病気の説明は子宮頸がんのステージ(進行度)に移った。

「Ⅰ~Ⅳ、そしてそれぞれ細かく分かれてます。プアさんはⅠからⅡのⅡ寄りにあたるでしょう。まだ手術で治療できます。5年後存命率は80%以上あります。子宮と卵巣等の子宮の周りの器官、膣の一部を切除します。あなたの場合、出血が酷かったから早い方がいい、に来週の金曜日30日手術室を押さえましたから。次に大出血したらあとがありません。」

「センセ、子宮は絶対取りたくありません。」センセの言葉を遮るように発した。

「がんの治療は大きく3つあります。①手術②放射線③抗癌剤です。日本では現在は手術、外科的治療がメインです。がんは取ってしまう、のが一番のスタンダード治療です。」

「スタンダードってことは標準じゃないこともあるんですよね?だって人はそれぞれ違うでしょ、私にスタンダードが合うなんて分からないじゃないですか。」

「確かに子宮頸部だけを切り取る手術もありますが、プアさんの段階では危険です。東京でも△△大学病院でしかやってないです。そこでも良い結果が出てるとは言えません。」

「じゃあ、放射線か抗癌剤でとりあえず挑戦してみるのはだめですか?完全に良くならなくても子宮が無いと話にならないじゃないですか。再発までに子供を持てるかもしれないし。」

「医学的には勧められません。万が一がんが取りあえず無くなって、その後に妊娠できたとしても妊娠中に再発しないという保障はどこにあります?そうなったらお子さんもあなたも大変なことになる。」

「……まだ諦められません。」大粒の涙が落ちてしまった。

「早く病院に来てくれていれば…」センセのつぶやきが耳に残った。
「とにかく早くご両親に相談して下さい。今電話したほうがいい。」


ボロボロに泣いてしまったワタシを乗せた車椅子をデイルームの携帯OKエリアに押していって、「頑張って。」と肩を叩いてナベ先生は行ってしまった。キツイ事言う医者だな、好きになれないなと思った。



この時は子宮がんの知識が殆ど無かった。感染が原因であるから性病の一種だという、今自分が持たれたら腹が立つ偏見のみあった。早く発見できれば子宮に問題なく治療できることもよく知らなかった。

今思うとこんなアホにセンセもキレずに話してくれたなあ、って感心する。


ひとりぼっちで戦った。
まだ白い顔で頭グチャグチャで猫背で車椅子、おしっこ管も付いている……情けない格好、そして
ワタシはガンなのだ。
でもじつはそんなことより子供が産めなくなるのだ



孫の顔が見たいという父、母になんて言おう??
16:33 | がん告知~手術前日
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 MAR22-① 胸騒ぎ

緊急入院から1週間、車椅子に座ることが辛くなくなってきた頃である。
この日は午前中にMRI検査をして詳しい写真を撮った。変なもの写らなきゃいいな~と願ったけど、起き上がって食事ができるようになったことが嬉しくて変なことは考えなかった。



夕食を頬張ってると、ナベ先生がカーテンを開けた。ここの病院はデイルームが狭いのでいつも自分のベットで食事なのである。
「あ、失礼。食事終わったらちょっといいかな。お母さんは?居ないんだ…でもそれでもいいです。また来ます。」って。


検査結果??今朝MRI撮ったのに、早っ。
やっぱりワタシ、ヤバげな病気?


この日は母は仕事の為一旦北海道に帰っていて、母の不在時に来てくれた叔母も夕方に帰ってしまっていた。検査結果がこんな早いとは誰も思わなかったからだ。


急に味のしなくなった食事の箸を置き、センセが迎えに来るのを待った。
15:28 | がん告知~手術前日
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