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 MAR24 焦りと自問自答の日

昨日に引き続き叔母が早くから来てくれた。


午前中は2人で電話できそうな病院をハローページ(ああ、乏しい情報)で探す。かの「G研」は第4週土曜日は休診なのだ、残念。
時間がないのでセカンドオピニオンは一番行ってみたい病院一箇所でいいんだって思ったから、第一希望が駄目だとまた病院探し。
「G研」に縁がないならセカンド聞くなってこと?もしや聞かないほうがいい結果なのか…


国立の専門病院とか、誰でも知ってる有名どころは思いつくけど、土曜の今日電話しても駄目だったらガッカリきちゃうし。。


イジイジと時間がだけが経っていく。

今日は止め止め!
この悶々を吐き出すことにしよう。まだ歩くとことは許されないくらい安静にしてなくちゃいけないし。







午後になって妹と、少し遅れて母が北海道から到着した。その年で何度も飛行機で往復させてごめん。疲れるよね…


叔母も含め3人は久しぶりに会ったもんだからギャーギャーウルサイッ。一気に喋り捲っている。
「周りの方たちに迷惑だからどっか行って」と妹に頼んで置いた本を受け取って彼女達をデイルームに行かせた。

ワタシの前で同情で心配でしんみりするのがイヤだった、ってのが手に取るように分かった。痛い。



頼んだ本は子宮がんについての本。基礎知識と治療法と闘病体験談が載っていた。

このときナベ先生からはがんのステージがI-aなのかbなのか聞かされていなかったが、腫瘍が大きいとは言われていたからbなのだろうなとは思っていた。

読み勧めると分かったのだが、aとbでは著しく違うではないか!子宮を温存出来るか出来ないかだ。


なんてこったい。。。


どーしても少し早く体の異常に気が付かなかったのか。そういえば年が明けてから尿漏れみたいなことが増えてた。それって水様オリモノだったの???みたいね。。


後遺症って?
しらないよ、そんなの。ワタシは体動かしてナンボの仕事だよ?ヒトが見ても自分でも天職だよ。どーなっちゃうの?


それにHPV(ヒトパピローマウイルス)って何?
子宮頸がんの知識がまるで間違っていた。

過去2回受けた婦人科での検査もがんを意識したものではなくて
不正出血等の症状があって受けたのでがんの有無については「大丈夫でしたよ」と言われても「当ったり前だ」と流していた。

でもでも前回、一昨年の検査結果でなにかの項目で「大丈夫ですが様子をみましょ」ということばを思い出した。
あれはもしかして細胞侵クラスⅡってことだった???(Ⅲなら再検査だ)当時腫れてた卵巣が気になって忘れていた。


なんてこったい。。。



そして「性交渉で感染する」と。いつ?どこで?誰から?一番最近?性交時出血してないよ?そんなに速く腫瘍が大きくなったの?進行めちゃ早いんじゃ?
知識のないワタシは一番最近の相手を一瞬恨んだものだ。がんが発生して1センチの大きさになるまで10~5年掛かると後で知ったのだが。





読み進める程落ち込んだ~逃げ場はないのか。

ホントに放射線ではだめなのか?欧米では標準治療って書いてあるよ。アメリカに行けばなんとかなるんではないか?行っちゃおうよ

このステージのがんで子宮温存の手術でも助かった日本第一号になれるんではないか。なろうじゃないか。
馬鹿げたことを真面目に考えていた




悪あがきを考えてると妹が戻ってきた。
じっくり話した…近況報告以外に深い話って成人してから初めてした?私たち?
実は最大の理解者だった彼女。なんと代理母をしてもいいという。彼女もまだ子供はいない。でもそんなことを言ってくれた。涙がとまらなった。Aちゃん、ホントにありがとう。






皆が帰った後、来週の病院食のメニュー表の裏に書き出してみた。
つい最近、会社の研修でリスクマネジメントの選択の評価のし方を学んだとことだったのだ。
手段の選択として治療法リスクとして起こることを軸に表を作成して○△×で評価をしてみた。。。
やはり一番いい方法は全摘手術―だよ。



そんなころナベ先生が登場。恥ずかしいけど、こんなに悩んでるんだって分かって欲しくて表を見せた。「この選択はナシね」って治療しないの欄をを指して言った。

「どうですか?決心はつきましたか?」チッ、催促かよ…
がん告知以来、センセの告知の時のクールな口ぶりが自分の落ち込みを酷くさせてると被害妄想で先生を苦手になってたから、やや喧嘩口調になってしまった。

「ここは専門病院ではないですよね?年間症例はどのくらいあるのですか?症例が多くていろんなケースに対応できて、同じ病気の仲間の出来る病院の話が聞きたいです。」

「症例は年間10件くらいです。大きな専門病院にいくと三桁はやってるでしょう。他で話を聞いてくるのは全く問題ないですし、自由です。患者さんの権利です。ただ、新しく病院を決めて診察を受けて検査をして手術を待ってる時間はないですよ。
進行が心配です。僕達が急いで検査結果を出したのも手術日を決めたのも分かっていただけるかな。」

「月曜に何とかして予約取るので火曜日までに紹介状下さい。外出届けも下さい。」

「わかりました。用意しておきます。でも出血が心配だから外出の様子は見させてもらいますよ。」


何とかして外出するもんね!


この日はがん発覚後一番よく眠れた。。。ビックリするほど眠れた。疲れてたのだろう。
ただの悪あがきで終わると知らずに~


でも納得しないと手術は受けられない
01:41 | がん告知~手術前日
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 MAR23 病院探し

がん告知の衝撃で貧血のクラクラも吹っ飛んでしまった。


寝てなんかいられない、セカンドオピニオンをくれる病院を決めなければなないのだ。
基本的に健康すぎだったワタシにはかかりつけ病院や知り合いの医師がいるわけでなく有名どころを片っ端から当たるしかなかった。
広い東京で手元にはデイルームのハローページしか、ない。

この不自由さにも傷ついた。家ならネットで調べられる。

携帯で調べた知識からでも、多くのケースはがん検診で怪しいと診断されて検査でがんが分かるというではないか。

何でいきなりクラスⅤな訳??

手術を急げってどういうこと?

本当に情報が無さ過ぎる。後で知っていればこうしたのに、ってのはも
うイヤだ。

たった一年婦人科に行くのを怠ったばかりなのにこの仕打ちはある??
逆ギレしまくりだ。




そうこうしてる内に母から連絡を受けた叔母が駆けつけてくれた。
ワタシの東京の母代わりの彼女と抱き合って泣いた。

悔しさ無念さ、無茶でも子宮温存に賭けたい気持ち、沢山聞いてくれた。
でも皆を代表してワタシを失うことは出来ないと語ってくれた。
ありがとう、感謝してる。でもすっきりしないの…


そんなあせりの中でCT検査の予約が入っていた。
時間を空けておかなければならない。病院決めて連絡する時間がなくなってしまう・・・
おまけに造影剤の注射で体が熱くなって気持悪いったらない。


誰かに助けてもらいたいけど、まだ友人に病名を教えるわけにいかない。
北海道にいる年老いた父には悪いけど期待できない。

そこで地方で医師をしている従兄にセカンドオピニオンについて思い切って聞いてみた。
ワタシのがんにビックリされた。でも同僚の産婦人科の先生に聞いてくれて「G研」を勧めてくれた。




タダでさえ不調なのに自問自答と逆ギレに病院探しの不安も加わって疲れ切ってしまった。
明日は土曜日、早く診察の予約をしなければ…


21:05 | がん告知~手術前日
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 MAR22-③ 長い夜

しきゅうけいがん。子宮頸癌子宮頸がん

癌って漢字キライ
気持ちわる~。がん細胞の増殖を思い出させるような嫌な字面してる。


それがお腹のなかにいるって?いつから?なんで?
しかも子宮を奪おうとしている

子供が産めないって何?ママになれないって何?どーゆーこと?
このままだと死んでしまうの?ワタシが?何で?







実家に電話するまでに時間が掛かった。信じられないことで頭がグルグルだ。明日まで延ばすことは出来ないだろうか?でも遅かれ早ければれる事だ。なんせ手術予定日(断固として認めないけど)が迫っている。



優しい声で電話に出た母に「仕事で帰ったのに邪魔して悪いんだけど……」
言葉に詰まる。でも沈黙すると嗚咽になりそうだ。

ええい、言ってしまえ。

「検査結果もう出ちゃった。ハッキリ言うよ、悪性だって。がんだってさ。ママ~ワタシ、子宮取るなんて絶対イヤだよ…」



大泣きしてしまった。デイルームに居たおばさんは知らない振りをしてくれている。



「手術で治るんだったら頑張ろう。手術しよう。プアがいなくなったら元も子もないんだから。」母の第一声は気丈だった。


「でも子供が持てない位だったら今後の人生何の為?なんとしてでも子宮は残したいの。分かって欲しい。」


「子供は諦めて。がんを治していこうよ。」


「諦められない。でも、ママごめんなさい。孫を産めないかもしれない」今振り返ると強烈に痛烈な言葉だと思う。母にはキツかっただろう。


母も涙声になり直ぐに嗚咽になった。


「ごめんなさい。好きなことばかりさせてもらって、自由に生きさせてもらったのに、こんなことになって。ごめんなさい。罰があたったんだよ。罰ならワタシだけでいいのに、ママとパパにも辛い思いさせてしまう。」
ワタシはただ謝り続けた。


父とは喋れなかった。「仲間ん中で孫が居ないのは俺だけだぞ~仕事はそこそこに早く孫見せてくれよ」
会うたび言う父とはとてもではないけど直接話すことは出来なかった。



電話を切って、看護師さんにベットまで車椅子を押してもらった。可哀想、って顔してる。なーんだ、もう皆知ってるんだ。ヤな感じー!
「今晩眠れる?」とか聞いてくる。ほっといて!


たかお研修医までやってきて睡眠薬をだそうか、と言う。気を遣われてることに悲しくなって涙が出てしまった。気を遣いつつも手術するって返事を聞きだそうとする研修医にイライラした。

「ワタシ、何を言われても自分が納得できないと返事できません。」

「そうですね…」

「ココは(がん)専門病院ではないですよね、ワタシは専門家の話が聞きたいです。」
とっさにセカンドオピニオンのことを思いついた。ちょっと勇気がいるけど、たかお研修医に伝えてみた。


「分かりました。ナベ先生に伝えておきます。今晩は少しでも眠ってください。」



眠れるかっちゅーの!!!!


眠れない長い夜病気に対する知識の無さに、情報の取れなさに愕然としたいろんなことを出来るだけ沢山知りたいと思った。


で、悪いと思ったけど近くにペースメーカー埋めてる人はいなそうだと思って布団を被って携帯からネットにアクセスして「子宮がん」で検索。ノートPC持ってればなあ。。。なんで入院してんのよ!!!

資料は少ないけれどワタシの中にいる物の実態が少し分かってきた。
子宮を守る手段はかなり厳しそうだ。どうしよう……
17:39 | がん告知~手術前日
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 MAR22-② 人生最悪の日

主治医のナベ先生自ら車椅子を押してくれてカンファレンスルームに行った。


「ええと、検査したばかりだけど急いだ方がいいと思うんでね、お母さんいらっしゃらないけどお話をします。」

「はあ。」



紙に子宮の図を書き始めるセンセ。

「単刀直入に言うとですね、子宮の入り口、子宮頸部というところに腫瘍がありました。来院したときは出血が多くてよく見えなかったのですよ。細胞を取って検査したところ…」



子宮の図に続いて細胞診のクラス分けについて書いている。

「プアさんはですね、ここのカルテにあるようにⅠ~Ⅴの5段階あるうちのの細胞なんですよ。」

「……」(コレハワルイユメ?)

「つまり98%の確率で悪性なんです。ほぼ間違いなくです。」






表情は無くなってしまったけど、まだ冷静に聞いていた。

「プアさんの年齢からいうとココのがんになる人は多いわけじゃない。珍しい方と言っていいです。MRの写真を見てください。ココです、子宮の下、こんなに大きいんです。子宮と同じくらいあります。」

「センセ、ワタシ子供を持たない人生って考えてないんです。」


病気の説明は子宮頸がんのステージ(進行度)に移った。

「Ⅰ~Ⅳ、そしてそれぞれ細かく分かれてます。プアさんはⅠからⅡのⅡ寄りにあたるでしょう。まだ手術で治療できます。5年後存命率は80%以上あります。子宮と卵巣等の子宮の周りの器官、膣の一部を切除します。あなたの場合、出血が酷かったから早い方がいい、に来週の金曜日30日手術室を押さえましたから。次に大出血したらあとがありません。」

「センセ、子宮は絶対取りたくありません。」センセの言葉を遮るように発した。

「がんの治療は大きく3つあります。①手術②放射線③抗癌剤です。日本では現在は手術、外科的治療がメインです。がんは取ってしまう、のが一番のスタンダード治療です。」

「スタンダードってことは標準じゃないこともあるんですよね?だって人はそれぞれ違うでしょ、私にスタンダードが合うなんて分からないじゃないですか。」

「確かに子宮頸部だけを切り取る手術もありますが、プアさんの段階では危険です。東京でも△△大学病院でしかやってないです。そこでも良い結果が出てるとは言えません。」

「じゃあ、放射線か抗癌剤でとりあえず挑戦してみるのはだめですか?完全に良くならなくても子宮が無いと話にならないじゃないですか。再発までに子供を持てるかもしれないし。」

「医学的には勧められません。万が一がんが取りあえず無くなって、その後に妊娠できたとしても妊娠中に再発しないという保障はどこにあります?そうなったらお子さんもあなたも大変なことになる。」

「……まだ諦められません。」大粒の涙が落ちてしまった。

「早く病院に来てくれていれば…」センセのつぶやきが耳に残った。
「とにかく早くご両親に相談して下さい。今電話したほうがいい。」


ボロボロに泣いてしまったワタシを乗せた車椅子をデイルームの携帯OKエリアに押していって、「頑張って。」と肩を叩いてナベ先生は行ってしまった。キツイ事言う医者だな、好きになれないなと思った。



この時は子宮がんの知識が殆ど無かった。感染が原因であるから性病の一種だという、今自分が持たれたら腹が立つ偏見のみあった。早く発見できれば子宮に問題なく治療できることもよく知らなかった。

今思うとこんなアホにセンセもキレずに話してくれたなあ、って感心する。


ひとりぼっちで戦った。
まだ白い顔で頭グチャグチャで猫背で車椅子、おしっこ管も付いている……情けない格好、そして
ワタシはガンなのだ。
でもじつはそんなことより子供が産めなくなるのだ



孫の顔が見たいという父、母になんて言おう??
16:33 | がん告知~手術前日
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 MAR22-① 胸騒ぎ

緊急入院から1週間、車椅子に座ることが辛くなくなってきた頃である。
この日は午前中にMRI検査をして詳しい写真を撮った。変なもの写らなきゃいいな~と願ったけど、起き上がって食事ができるようになったことが嬉しくて変なことは考えなかった。



夕食を頬張ってると、ナベ先生がカーテンを開けた。ここの病院はデイルームが狭いのでいつも自分のベットで食事なのである。
「あ、失礼。食事終わったらちょっといいかな。お母さんは?居ないんだ…でもそれでもいいです。また来ます。」って。


検査結果??今朝MRI撮ったのに、早っ。
やっぱりワタシ、ヤバげな病気?


この日は母は仕事の為一旦北海道に帰っていて、母の不在時に来てくれた叔母も夕方に帰ってしまっていた。検査結果がこんな早いとは誰も思わなかったからだ。


急に味のしなくなった食事の箸を置き、センセが迎えに来るのを待った。
15:28 | がん告知~手術前日
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